ISOの新たな動き:「環境影響の貨幣価値評価」と「環境マネジメント」

工学院大学
先進工学部・環境化学科
教授 稲葉 敦

 今年(2017年)の6月上旬にカナダの東海岸ハリファックスでISO/TC207(国際標準化機構/技術委員会「環境マネジメント」)の年次総会があった。この総会に出席して、私が感じたISO/TC207の新たな方向について書きたい。

 私が専門家として議論に直接参加したのは、ISO-14008(環境への排出及び天然資源の使用による環境影響の貨幣価値評価―原則、要求事項及び指針)の発行作業である。この新規格は、2015年8月にインド・ニューデリーで開催されたTC207総会で提案され、翌年2月にスエーデン・イエーテボリで第1回会合が開かれた。今回のハリファックスでの会合は4回目の会合であり、FDIS(新規格発行の最終段階)に達した。

 この規格は題名のとおり、環境影響を貨幣価値で評価する方法を示している。環境経済学の分野で開発されてきた様々な方法を紹介する教科書のような規格になっている。TC207の中では、環境影響の貨幣価値評価は、ライフサイクルアセスメント(LCA)の環境影響の重み付け(統合化とも言われる)の方法として発展してきた経緯があり、スエーデンで開発されたEPS(Environmental Priority Strategies Method)法や、日本で著者らが開発してきたLIME(Life Cycle Impact Assessment Method based on Endpoint Modeling)で使われている。

 この規格は、環境のISOとしてPDCAサイクルで有名なISO-14001:2015(環境マネジメント)を発行しているSC1(Sub-Committee1)に提案された。当初は、日本のSC1対応委員会の中では、環境影響の貨幣価値評価はPDCAサイクルには不向きで、またSC1の中には環経済学の専門家がおらず、SC1で対応すべき規格ではないという考え方が主流であった。

 確かに、LCAの手法開発をしてきた著者から見ても、この規格はLCAのSC5で議論すべきものであると思われた。しかし、SC1で始まってしまったので、スエーデンのEPSの手法だけがLCAの環境影響評価の国際標準規格になると困ると思い、SC1の委員ではなかった著者が、急遽LCAの専門家として議論に加わらせて頂いた経緯がある。

 2016年2月にスエーデン・イエーテボリで行われた第1回会合に行って驚いたことは、この規格は、2016年4月に新作業の提案がなされたISO-14007(環境コスト及び便益の特定―指針)と抱き合わせの規格として考えられていたことである。(後追いで始まったISO-14007の方が、ISO-14008(環境影響の貨幣価値評価)よりも早いISO番号であることに注意されたい。SC1の議長を務めている英国規格協会(BSI:British Standards Institution)の戦略が見て取れる。)

 ISO-14007は、企業の財務会計と環境影響を併記して開示することを目的としている。その時に環境影響を経済価値で評価するISO-14008を使って、非財務情報を経済価値に換算することが目論見られている。つまり、英国は、ESG投資の対象となる企業を評価する方法として、これら二つの規格をセットで考えていたのではないか。環境影響の貨幣価値評価をLCAの手法論としてとらえていた著者の見方は狭すぎたのではないか。

 そう思って見渡すと、温室効果ガスに関する規格を取り扱うSC7で、ISO-14097(通称:気候変動ファイナンス)の発行作業が昨年(2016年)8月の韓国・ソウル総会で提案され、今年2月のフランス・アンジェで第1回会合が開かれている。この規格は、気候変動に関係する投資や融資活動の評価と報告の要求事項とガイダンスを示す規格とされている。この規格はフランスの提案である。一昨年(2015年)12月のパリ協定を主導したフランスは、原子力から脱して再生可能エネルギーを主体とするエネルギー改革を推進している。この規格の概要はまだはっきりしないが、金融業の活動を通じて温室効果ガスの削減を目指すことが背景にあると思われる。

 また、SC4(環境パフォーマンス評価)では米国から「グリーンボンド」の規格が提案され、新作業を始めるかどうか、7月26日締め切りの投票になっている。「グリーン債券の環境パフォーマンスを評価するための手順を規定する」規格とされ、「グリーン債券のモニタリングと開示の要件を定義し、その保証方法に関する指針を提供する」ことが目的とされている。上述のISO-14097(気候変動ファイナンス)との関係や、国際開発金融機関を中心とする「グリーンボンド原則」との関係が不明確であること等が指摘されているが、日本は、今後グリーンボンドの活用が重要になるとの考えで、賛成と投票している。

 さらに、つい最近(2017年7月)になって、中国から「グリーンファイナンス」の新規格の提案がなされ、9月12日締め切りで新作業開始の投票になっている。「グリーン金融プロジェクトの分類について規定し、グリーン金融プロジェクトを評価するためのフレームワークを規定する」規格とされている。上述のISO-14097や「グリーンボンド」の新規格提案との差異を明確にする必要があるだろう。提案の趣旨があまりにも不明確なので、日本は「反対」の意思表示をする予定である。

 著者らは、2005年に金融機関の方々と環境を考える「金融研究会」を始め、日本LCA学会の「環境情報研究会」引き継いで来た。2003年の赤道原則の頃から、金融機関が環境に係る必要性が言及されているが、今まさにISOの世界で、環境問題へ金融機関が関与することに重要性が認識されて来たのだと思う。上述の新作業の提案の採否がどうなるか注視することはもちろんであるが、ISO/TC207(環境マネジメント)と金融機関の新たな関係を構築する時期になっていると思う。


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