グリーンウォッシュではない、パリ協定と整合する目標認定を行うSBTイニシアチブについて


CDP Worldwide Japan
シニアマネージャー 高瀬 香絵

1.SBTとは

 SBTとは、Science Based Targetsの略である。「できることをコツコツと」ではなく、「パリ協定で目指すところを科学的に達成するのに必要な目標」とは何かをしっかりと定義し、審査することで、本当にパリ協定並みの目標を設定している企業が報われる仕組みを作ろうということで、2015年にスタートした。2015年のCOP21パリ会議の場で、「設定をすることを約束した(コミットした)」100社程度と共に、スタートしたSBTイニシアチブは、2022年4月16日現在、2,844社が参加、うちすでに認定を受けた企業は1,309社に達している。


出典:SBTi,’Net-Zero Foundations for Financial Institutions, Launch Webinar資料(April 12, 2022)   
 図1:2015年から2021年末までのSBT目標認定累積企業数の推移

 SBTはどこから出てきたのであろうか?SBTの生みの親、つまり共同設立者としては、元WWFメキシコに所属していて、現在CDP欧州オフィスにいるアルベルト・カリーロ、WRIにてGHGプロトコルを開発してきているシンシア・クミンなどが挙げられている。また、共同設立者として経歴に掲載していないが、CDPの現戦略アドバイザーであるペドロ・ファリアも、当初から認定の方法論開発等に深くかかわっている。彼らが草の根で始めた、「これが必要」というイニシアチブが、ここまで大きくなる過程を、筆者は近くで伴走(日本企業の認定をお手伝いしたり、新たな方法論の開発に参加したり)しながら見てきた。

 SBTイニシアチブは、私の所属する国際NGOであるCDP、同じく国際NGOであるWWF、世界資源研究所(WRI)、国連グローバルコンパクトの4者で運営している。どこかに固定の事務所を構えているのではなく、4つの団体から人を出し合って運営しているが、2022年には初めてSBTイニシアチブとして、CEOが任命された。これは、4者で人を出し合って運営してきたイニシアチブのニーズが高まり、建て増し建築的に構造を作ってきたが、これを1.5℃以内に気温上昇を抑えるというミッションに向けて効率化することを目指したものである。

 2019年に認定を有料化したが、2021年後半には申請を処理する人員が完全に不足し、予約システムを導入したところ、2021年末には、2022年10月まで審査枠が埋まるという事態が発生し、現在スタッフを増強し、審査料を上げ、審査のための人員を増強し、効率化を図っているという状況である。


2.どんな目標が認定の対象なのか?

 SBTは、2015年当初は、提出年から数えて、5~15年の中期目標について審査を行うとしていた。これは、今の経営陣が責任を持つ時間軸であり、かつ変革を行うのに十分な時間的猶予をもって、という意味から設定された。当初は、産業革命前と比べて平均気温上昇を2℃以内に抑える相当の目標ということで、一般セクターのスコープ1・2の総量削減率でいうと、直線で1.23%/年、つまり10年で12.3%減というものであった。なお、その後IPCCシナリオの統計的分析により、「2℃より十分低い水準(WB2D)」は直線で2.5%/年、「1.5℃」は直線で4.2%/年とされている。


出典:SBTi,’Target Validation Protocol(TWG-PRO-002 | Version 2.1),April 2021     
 図2:「2℃」「2℃より十分低い水準(WB2D)」「1.5℃」相当の1年あたりの直線削減率設定

 その後、2018年10月のIPCC1.5℃特別報告書を経て、2019年10月15日より、2℃相当の目標は新たに認定を受けることができなくなり(最低水準はWB2D)、その後、より1.5℃を目指すことへの気運の高まりやグラスゴー合意を受け、2022年7月15日からは、1.5℃目標のみ認定を受けられることになった。

 スコープ3については、2015年当初は、スコープ1+2+3に占めるスコープ3の比率が40%を超える場合は、スコープ3の2/3以上をカバーする目標の設定が必須であった。当初はカバー率のみであったが、その後、2019年10月15日からは2℃目標相当であることが条件に加わり、2022年7月15日からは2℃より十分低い水準(WB2D)相当であることが条件に加わる。

 中期目標のみを認定対象としてきたSBTiだが、1.5℃特別報告書における2050年ネットゼロ(実質ゼロ)が1.5℃達成に必要である、というメッセージを受けたネットゼロ宣言、カーボンニュートラル宣言が相次ぎ、そしてその定義がバラバラであるという状況を受けて、ネットゼロとはどういう状態であるか、ということを、科学的根拠をベースに示すということをスタートした。

 最初に出版したのが、「企業セクターにおける科学に基づく(SCIENCE-BASED)ネットゼロ目標設定の基礎的考え方 [1]」である。ここでは、1)ネットゼロとは1.5℃を達成する経路で十分削減したあとのどうしても削減できない分のみ中和するものであること、2)中和については永続性等の堅牢性を担保する必要があること、などを示した。

 その後、多くの議論やコンサルテーションを経て、2021年11月、グラスゴーでのCOP26の直前に、企業ネットゼロ基準 [2]を発表し、2022年1月よりネットゼロ目標の認定を始めた。2022年4月16日現在、1,102社が設定を約束(コミット)し、8社がすでに認定を受けている。



出典:SBTiによる資料をCDPジャパンにて日本語訳・加筆[3]      
 図3:SBTiによるネットゼロの基本的考え方

 また、セクター別の認定基準も存在する。例えば、自動車製造を行う企業は、スコープ3目標として、新車販売の炭素効率について、IEA(国際エネルギー機関)のモビリティモデル(MoMo)が示す値相当まで効率化することを目標とする必要がある。金融機関は、スコープ3目標として、投融資先(カテゴリ15)について目標を設定する必要がある。金融機関向けネットゼロ目標の考え方ペーパーも公表され、今後金融機関のネットゼロ目標の認定も、始まる予定である。


3.SBT基準・要件の特徴

 SBTは科学に基づくと銘打つだけあって、グリーンウォッシュとならないよう、ただし企業にとって納得感はあるよう、合理的に厳しい基準を持っている。また、SBTイニシアチブ内で働く人の労働環境や、審査費用が高くなりすぎないようにといった配慮もあり、自らの役割について範囲をしっかりと定義している。

 2015年よりSBTを設定したい企業の相談に、ボランタリーであったり(最近は相談が多く、こたえきれないのでぜひコンサルティング会社等に相談したり、SBTイニシアチブウェブサイトやSBT短期目標の認定要件日本語訳 [4]等を見てじっくり理解を進めていただきたい)、仕事としてであったり(有償で支援を行うこともあるが、一人なので多くはできない)、相談に長年乗ってきた筆者の経験として、よく質問をいただく点について、いくつかお知らせしたい。

 まず、SBTは、「この工場だけ」「日本だけ」といった部分的な目標の認定は行っていない。GHGプロトコルに準拠した連結アプローチで定義した全社について範囲に含める必要があり、除外はスコープ1・2については5%以内、スコープ3については10%以内とする必要がある。

 ただし、排出量全てについて第三者検証を取る必要はなく、基本的に第三者検証の提出や審査などは行わない。つまり、リソースの関係もあり、役割を限定し、SBTiとしては企業が提出したものを信じるスタンスである。そもそもGHG排出量を全量計測している企業などはなく、全ての排出量算定は推計であると言える。推計の程度が、燃料販売に係数をかけているのか、床面積に国としての平均原単位をかけているのかで、実態への近さらしさは違うが、いずれも推計であることに変わりはない。つまり、推計の度合いをSBTiとして問うことはないが、費用対効果も含めて、ベストを尽くした結果であればいいということである。

 もう一つ、削減クレジットによって排出量をオフセットということはできないルールである。オフセットを算定報告にて行えるようにするのであれば、単純な算数として考えると、オフセットクレジット提供先の排出量は、そのベースライン排出量として算定すべきである。そうでない限り、オフセットを算定報告に考慮すると、計算がおかしくなる。


                             出典:CDPジャパンにて作成
図4:オフセットする場合のクレジット販売側の排出量算定のあるべき姿

 SBTiでは、クレジットについて、削減クレジットと中和クレジットに分け、短期目標の達成にはいずれのクレジットも使えず、ネットゼロ目標については中和クレジットのみ、基準年の10%程度以内で(ただしセクターによって異なる設定)利用可能としている。


出典:SBTiによる資料をCDPジャパンにて日本語訳・加筆      
 図5:SBTiによるバリューチェーン内/外、削減/中和の考慮可能範囲の定義

 そして最後には、SBT目標は5年ごとに見直すべきという要件である。目標を一度決めたら石にしがみついても歯を食いしばりながら死守する、という精神ももちろん素晴らしいが、科学による知見や、国際社会の合意は年々変化することから、SBTは変化に柔軟に対応すべしという方針をとっている。パリ協定の前とあと、そしてその後の1.5℃特別報告書、そして先日発表されたIPCCの第六次報告書でも、科学的知見は日々変化している。その時々のベストの知見によって、目標を変えることを恐れてはいけない、ということだ。

 GHGプロトコルも、企業のバウンダリが変化したり、算定方法が変化したりした場合は、基準年と最新年を再計算すること、と規定している。特にスコープ3の算定は百社百様の方法がありえ、また使うデータによっても大きく変化するが、より目的に応じた方法に進化・変化することを恐れてはならないというのが、GHGプロトコルの考え方である。認定要件も年に1度更新しており、変化する時代に対応して、自らも変化すべきであるという思想である。


4.SBTを設定しない企業・した企業に起こること

 これまで積み上げ型の目標設定をしてきた企業にとって、2030年までに半減以上、2050年までに90%真水で削減し残り10%を中和する、ないしは中和クレジットを購入する、という目標は、あまりにも無謀に思えるかもしれない。一方で、欧州は国境炭素税調整によって、十分カーボンプライスがかかっていない国からの輸入には、相当分の関税をかける計画を進めている。

 日本政府は自主的目標のもとの排出量取引を、海外のプロジェクトにおけるクレジットも反映できる形でGXリーグとして実現しようとしているが、これは前述の算定方法が算数としておかしくなることもあり、炭素税としては認められないと筆者は予想している。つまり、政府がGXリーグに時間とお金を費やしても、日本企業からの欧州への輸出には、関税が課せられる可能性が高い。つまり、炭素排出については、GXリーグに加盟して自主目標を設定しようがしまいが、特に輸出関連企業にとっては、コスト増となるのである。

 SBT目標を設定した企業は、世界全体の排出量が年率0.85%で増加している間、年率6.4%で削減が進んだと分析されている [5]。つまり、目標を設定することで、削減が進んでいるという事実がある。総合化学として世界で初めてSBT認定を受けた住友化学では、目標を設定したことで、社内にSBT達成のためのタスクフォースを立ち上げ、削減のためのプロジェクトが次々と策定され、実際にSBTが分析した結果[4]としても、2030年までに2013年比で30%削減という目標に対して、2020年時点において既に24%削減を達成している。


出典:文献[4]       
 図6:SBT目標設定企業の削減パフォーマンス(対全世界の排出量増加率)

 こういった真面目な削減努力が正当に評価される仕組みが数々出来上がっている。その大きな動きが金融機関に広がるネットゼロの約束である。日本の金融機関の多くが2050年までの投融資先を含めたネットゼロと中間目標の設定を約束していることをご存知だろうか?表1に示したネットゼロを約束する金融機関数と日本の署名機関一覧をご覧いただきたい。これらのネットゼロのイニシアチブでは、SBTとも連携した世界でのルールをすでに構築しつつり、資金の提供を受けるには、1.5℃に向けて十分な目標を掲げていることが条件になりつつある。

 表1 共通の2050年以前のネットゼロを約束する金融機関のイニシアチブ(2022.5.1現在)

 イニシアチブ名  世界加盟
機関数
 日本からの参加機関
ネットゼロ資産保有者連盟(NZAOA) 71  1.第一生命保険
2.明治安田生命保険
3.日本生命保険
4.住友生命保険 
ネットゼロアセットマネージャーイニシアチブ(NZAM) 236 1.アセットマネジメントOne
2.MU投資顧問
3.大和アセットマネジメント
4.SOMPOアセットマネジメント
5.東京海上アセットマネジメント
6.日興アセットマネジメント
7.ニッセイアセットマネジメント
8.野村アセットマネジメント
9.三井住友DSアセットマネジメント
10.三井住友トラスト・アセットマネジメント
11.三菱UFJ国際投信
12.三菱UFJ信託銀行 
ネットゼロ銀行連盟(NZBA) 110 1.三菱UFJフィナンシャルグループ
2.みずほフィナンシャルグループ
3.野村ホールディングス
4.三井住友フィナンシャルグループ
5.三井住友トラスト・ホールディングス
ネットゼロ保険連盟 24  1.東京海上ホールディングス

 これら金融機関から、どうやって目標達成の進捗を管理すべきかの相談をよく受ける。裏返せば、「How」を現在議論しており、自らの投融資ポートフォリオをネットゼロと整合させることはもう決まっているのである。今後ネットゼロを目指す、またはそれに沿って削減している企業に資金が集まりやすいことは自明となっているのだ。

 SBTイニシアチブも含めた自主的イニシアチブの運営には、大きな金額ではないがお金がかかる。審査の堅牢性を保つためには、専門性の高い人材を雇う必要がある。審査費用は2022年4月から2倍となった。これでも現在予約システムが埋まっている状況である。

 SBTの日本語サポートについては、環境省がグリーンバリューチェーンプラットフォームにて第三者的にサポートをしている。一方で、要件やセクター別ガイダンスなど、資料は幅広く、環境省のページしか見ていない人では全体像はわからない。日本でのSBT設定にハードルが高いのは、この分断が理由なのではないかと思っている。もちろん日本語資料がないよりはあった方がいいのだが、それによって、本家のサイトを見ない人が多く、よって最新の動向を把握できていない人が多いのである。

 理想としては、資料の日本語化へのファンディングが付いて、SBTイニシアチブ内に日本語化のスタッフが雇われることである。SBTはIKEA Foundation, Amazon, Bezos Earth Fund, We Mean Business, The Rockefeller Brothers FundそしてThe UPS Foundationといった基金から基本的な運用費を得ている。加えて、審査費用を有償とし、またセクター別の方法論等開発の際には、該当セクターの企業等より基金を得ている。日本語化についても、基金等がないと進まない。私が問い合わせを減らす目的もあり、いくつかボランティアで日本語化している状況ではなく、日本語サポートのシステムが構築され、日本支部のようなものが設立すれば、私も多くの問い合わせを受けることがなくなると期待している。


※参考文献
[1]: CDP/SBTi. 企業セクターにおける科学に基づく(Science-based)ネットゼロ目標設定の基礎的考え方. (オンライン) 2020年9月.
https://sciencebasedtargets.org/resources/files/Net-0_Target-Setting_Exec-Summary_japanese_CDPJapanEdited.pdf
[2]: SBTi. SBTi企業ネットゼロ基準(バージョン 1.0). (オンライン) 2021年10月.
https://sciencebasedtargets.org/resources/files/Net-Zero-Standard-Criteria-jp.pdf
[3]: CDPジャパンは、SBTiの構成団体の日本支部としての活動も行っており、企業のSBT設定の相談の受付、SBTiの資料の翻訳等による日本とSBTiの橋渡し、環境省の支援プログラムへの情報のインプット等を行っている。その他のCDPジャパンの活動については、https://japan.cdp.net/ をご覧ください。
[4]: —. 科学に基づく目標(SBT)要件と推奨事項(TNF-INF-002 バージョン5.0). (オンライン) 2021年10月.
https://sciencebasedtargets.org/resources/files/SBTi-criteria-JP.pdf
[5]: —. FROM AMBITION TO IMPACT:HOW COMPANIES ARE REDUCING EMISSIONS AT SCALE WITH SCIENCE-BASED TARGETS. (オンライン) 2021年1月.
https://sciencebasedtargets.org/resources/files/SBTiProgressReport2020.pdf

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