非財務情報開示の実効性 ~SASBのアプローチを踏まえ~

一般社団法人 環境金融研究機構
代表理事 藤井 良広

 非財務情報開示の在り方を議論する際、非財務情報、サステナブル情報、ESG情報と、複数の呼び方がされるが、本稿では非財務情報と呼ぶ。好みの問題ではない。すでに財務情報化されている情報に対比して、そうではないという意味で「非財務」だが、企業の現在、将来価値にマテリアルな影響を及ぼし得るので、義務的な開示が求められるべき情報との意味である。

 したがって、企業価値を投資家に開示する財務報告書に本来、開示されるべき情報だが、その価値のとらえ方と、開示の方法論とが定まっていない(標準化されていない)性格の情報という位置づけになる。米国の非営利団体のSASB(Sustainability Accounting Standards Board)が2012年から取り組み、今春に10産業79業種の非財務情報開示モデルの開示を完了したのは、そうした答えを示そうという野心的な試みだった。筆者もSASBの作業のうち、金融部門のCommercial Banks、Insuranceの2業種と、サービス部門のMedia Production& Distribution業種のWorking Groupに参加した。

 欧州でも、英仏での非財務情報開示の法制化など、基本的に義務的開示に向かっている。ただ、欧州の場合、企業の財務報告とは別に非財務情報の開示義務化を求める流れと思われる。あえて言えば財務報告との間は統合報告でブリッジすることになる。これに対し、SASBは米企業が証券取引委員会(SEC)に提出する年次報告書の中の規則S-Kでの開示を促すスタンスだ。また非財務情報は多様にあるが、産業・業種によってそのマテリアリティに軽重があることを踏まえ、産業・業種別の標準化作業に取り組んだ。

 SASBの検討結果はすでに公表されているので、内容はそれをご参考にしていただきたい。ここであえて指摘したいのは、標準化のプロセスである。SASBでは、まず、対象となる各産業・業種のそれぞれのWGに参加したい識者・専門家を公募(一定の条件あり)した。そのエキスパートに対して対象業種の現状と直面する課題の共通認識を図った。その上で、標準化のドラフト案を提示、参加者の多様なコメントを踏まえて、改めて標準化案を作成するプロセスを踏んだ。パブリックコメントを経る前に、エキスパート関与のプロセスを用意し、それらのプロセスをすべて透明にしたわけだ。日本だと、審議会や研究会等で事務局作成のドラフト案を議論したうえで成案に至るが、審議会メンバー等の選定には役所の恣意性が入る。SASBはドラフト作成に貢献できる見識と経験等の持ち主であれば、基本的に参加可能とした。この点は、非財務情報の評価において極めて重要となる。

 非財務情報は、財務情報のように定量化されていないとか、評価が確定していないなどの要素が多い。したがってその最大の要諦は市場の評価をどう得るのかという点になる。SASBのエキスパート関与のプロセスはパブリックコメントに先駆けて、市場のコンセンサスを瀬踏みし、ドラフト案に織り込むことを目指したと思われる。規則S-Kで開示すべき非財務情報の選別で、極力、市場が重視する、あるいは理解したい項目を選ぶためだ。「マテリアルな非財務情報」として市場が求める項目は何か、という視点である。

 もう一つ、SASBの特徴は、産業・業種ごとのマテリアルな非財務情報の開示標準を示すことで、投資家などの市場関係者が、当該産業・業種に属する各企業の非財務対応の濃淡を横並び(peer-review)で評価できる仕組みとした点だ。企業が関係するESG情報は多様であり大量にある。それらをすべて開示しても、投資家にとって価値評価は容易ではない。SASBの場合、産業・業種で差はあるが、たとえばCommercial Bankだと、対象項目(Topics)は5項目、それらを評価するAccounting Metricsは合計18 種類、石油・ガス開発製造業では対象4項目、Metricsは11種類にとどまった。評価項目の網羅性ではなく、絞込みが市場関係者の評価に不可欠という考えだ。

 こうしたSASBの基本的な視点は、巷間、金融安定理事会(FSB)のタスクフォースが2018年初めにも公開する温暖化関連の非財務情報開示の枠組みにも共通するとの見方が有力だ。SASBの理事長を務めるMichael. R. Bloomberg氏がFSBのタスクフォース座長も務めるためだが、SASBには彼以外に、SEC、FASB(米財務会計基準審議会)の元議長らも顔を連ねる。米国流の「財務報告の中での非財務情報の評価」をグローバル標準化にしようとしているとみるべきはないか。

 SASBがまとめた非財務情報の産業・業種別区分
産業  業種数
ヘルスケア
金融
技術&通信
非再生可能資源(化石燃料)  
運輸
サービス  10
資源輸送
消費  15
再生可能資源と代替エネルギー  
インフラストラクチャー

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