CSRは企業価値にとってプラスか?

立教大学
観光学部・ビジネスデザイン研究科
教授 野田 健太郎

 CSR(Corporate Social Responsibility)が企業価値にとってプラスかどうかは過去からさまざまな議論がされてきた。近時、機関投資家などによるESG投資(環境面、社会面、ガバナンス面を考慮した投資)が本格化する中で、社会的な測面だけでなく経済的な測面からも、その解釈がより重要になってきている。本稿ではCSR、企業価値の概念について若干ふれながら、今までの議論の流れと近時の新しい実証結果などを紹介する。どこまでが解明できているのかを明らかにすることで、今後の方向性を示すことができれば、経営者が確信をもってCSR(投資)を進めることにつながる。

 CSRの議論をする場合に注意すべきことは、議論する人によってその定義が異なっていることが多い点である。ある人は寄付や社会貢献を考え、ある人は環境問題、ある人は法令遵守を考えているかもしれない。しかしながらCSRは最低限守らなければいけない法令遵守を超えて、企業としてさまざまなステークホルダーとの関係を考慮しながら行動することであると考えれば、結果として環境問題や人権問題への配慮や貢献を行う企業活動が観察されることになる。その点は、CSRの効果を測定する際にも影響する。

 CSRを実施するためには費用がかかるため、直接的には収益にはマイナスであるが、CSRによる企業のイメージアップや投資家に対して開示効果などで企業価値にとってプラスになるという研究も多い。既存研究の結果をサーベイしたものとして、1970年以降のCSRに関する実証研究をまとめたFriedeらの論文がある。これによれば、既に2000を超える実証研究がなされ、そのうち約6割がプラスの関係で、ネガティブな結果を示したものは約1割にとどまっている*1。この結果からはCSRへの取り組みは概ね企業価値にとってプラスであると見られている。

 多くの実証研究において指摘される問題としては、1つはCSRへの取り組み(開示・実態)をいかにとらえるかという測定の精度である。もう1つは、CSRへの取り組みが企業価値を上げるという因果関係ではなく、単なる相関を示しているに過ぎない可能性があることである。つまり業績がよい企業はCSRへの取り組みが容易であり、外見上マーケットからもプラスに評価されていると見られることになる。

 こうした問題が指摘される中で、いくつかの新しいアプローチが見られる。米国ミネソタ大学に属する教授らが発表した論文*2では、CSRに関する指標を活用し、産業セクターごとに重要な要素(マテリアリティ)を特定し、CSRに関するスコアを算出している。そのスコアを基にポートフォリオを組むと超過リターンを獲得できる。一方で、マテリアリティを考慮しない場合は超過リターンを得られないことを主張している。CSRを活用してプラスの企業価値を引き出せるかについて結果は混在していて結論が出ていない。

 その1つの理由としてCSRの評価そのものが非常に広範で定義が難しいため、CSRの活動そのものを正確に評価できていない可能性が高い。その中で本論文では産業セクターを区切ることで、CSRの活動と企業価値の関係性を整理したうえで分析を実施し、企業価値とのつながりを明らかにしている。CSRについては漠然とすべての取り組みを行うのではなく、各企業にとってのマテリアリティを中心に取り組むことが大切であるという主張が最近よく聞かれる。この論文ではその主張が正しいことを具体的なデータから明らかにしている*3。  

 また、CSRへの取り組みを単に公表するだけでなく、投資家とのエンゲージメントにまで落とし込み、かつそれが成功した場合はマーケットからプラスに評価されるという主張もある*4。企業側の意図だけでなく、投資家との対話を通じてCSRへの取り組みを図ることが重要であると解釈できる。

 一般的にCSRへの取り組みは効果が実現するまでには時間を要すると考えられる。それにもかかわらず、多くの研究は短期的な効果の測定にとどまっている。それに対し、Ortizらの研究(2016)では、短期的な効果は明確ではないが、長期的な効果を見た場合は収益の変動や成長率、倒産確率の点でCSRへの取り組みの評価が高い企業の方がすぐれている結果を示している*5

 CSRの持つプラスの効果については、平時と、災害や経済的なショックに見舞われた有事の2つの局面で考えることができる。有事に関しては、企業がCSRをより積極的に進めることで、企業において不祥事などがあった場合においてもマイナスの影響を緩和する、いわゆる保険的な効果が期待できるという主張もある。また呂・中嶋(2016)では、CSRへの取り組みが遅れている企業では株価が急落するリスクが高いことを主張している。その理由としてCSRへの取り組みによって情報の透明性が高まるためだとしている*6

 以上の議論から1つの方向性として、CSRそのものの範囲を明確にする中で、長期的な効果を見る。単なる業種区分ではなく、マテリアリティの観点から業界を分類する、そしてコミットメントの強さを考慮することなどを前提とすれば、企業価値との(プラスの)関係がかなり明らかになってきたようだ。概念的な議論にとらわれることなく、こうした結果を1つずつ積み上げていくことが、経営者・投資家をはじめとしたステークホルダーの信頼を勝ち得る近道となろう。

<脚注>
*1  Friede,G.,T.Busch, and A.Bassen. 2015. “ESG and financial performance: aggregated evidence from more than 2000 empirical studies”. Journal of Sustainable Finance & Investment, 5(4): 210-233
*2 Khan, M., G. Serafeim, and A. Yoon. 2016. “Corporate Sustainability: First Evidence on Materiality”. The Accounting Review 91(6):1697-1724
*3 野田健太郎. 2017.『戦略的リスクマネジメントで会社を強くする』中央経済社
*4 Dimson, E.,O.Karakas ,and X.Li. 2015. “Active ownership”. The Review of Financial Studies 28(12) :3225-3268
*5 Ortiz-de-Mandojana, N.and P.Bansal. 2016. “The long-term benefits of organizational resilience through sustainable business practices”. Strategic Management Journal 37(8):1615-1631
*6 呂潔・中嶋幹. 2016.「ESGと株価急落リスク」『証券アナリストジャーナル』54(7):26-38

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